ウイスキーラヴァーの日常

シングルモルト、ウイスキー好きのサラリーマンが、ウイスキーを通じて感じたこと、思ったこと、考えたことなどを綴るブログです。

加水によってウイスキーの香味はなぜ変化するか?:Dilution of whisky – the molecular perspectiveから考える、ボトリングでの加水、飲む時の加水、瓶熟についての考察

今日のnatureに、こんな論文が投稿されていたようです。

natureではなくScientific Reports誌という雑誌に投稿されている論文のようです。ご指摘いただきありがとうございます。
上はアブストラクト(要約)の日本語訳、下はnatureの原文です。
今回は、この論文を少し読んでみました。

www.natureasia.com

www.nature.com

この分野の専門ではないので詳細を突っ込まれるとわからないのですが、自分がぱぱっと読んだところだと、グアイアコールという、焦げ感やバニラのニュアンスの元となる分子の挙動を、分子動力学(MD)シミュレーションで解析した結果のようです。MDシミュレーションは2013年のノーベル化学賞にも受賞されたのは有名かもしれません。グアイアコールは両親媒性分子という、アルコールのような水にも油にも溶けやすい分子ですが、この物質のアルコール度数による挙動を解析したようです。

 

水-エタノール-グアイアコールの混合溶液をシミュレーションしたのが下の図です(度数は27%)。小さい赤白のものが水分子、大きい分子はエタノールです。このように表面にエタノールが集まっているのがわかります。このように物質が不均一に広がっているのが特徴のようです。

図2

この縦軸をz軸として、エタノール濃度における分布をz軸で見たのが下のグラフです。赤が水分子、青がエタノール分子、黒がグアイアコールです。

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見てわかるように、0%~45%では両端、つまり液表にグアイアコールが集まっていますが、高濃度になるほどグアイアコールはz軸の中心、つまり溶液の中にグアイアコールが潜っていきます。このような不均一性が香味の変化をもたらすのではないか、といった事が書かれています(加水すると液表に香味の物質が来るというわけですね)。

その他、グアイアコールの周囲に水分子やエタノールがどのようにくっつきやすいか、電子密度の計算もされています(解説が面倒なので省略しますが、高校化学~大学初等の化学くらいしか知らない自分でもなんとなくの理解はできる内容でした)。

図6

また、最後の考察にも書かれているのですが、加水後も十分水分子がグアイアコールに触れていないので、上記の分布とはことなり、違う香味をもたらすのではないかとのことでした。

 

この論文を読んでそういえばなあ…と思うことが幾つかあります。

1.数滴の加水で香味が「開く」こと

これは論文にも言及されていますが、アルコール濃度が変わったことで香味成分の分布が変わったという解釈で良さそうな気がします。

 

2.瓶熟の変化

これは水分子やアルコール分子のクラスター形成といった影響が大きいのではないかと思います。この辺りはブルーバックスから出ているウイスキーの科学という本にも掲載されていると思いますが、サントリーやニッカが過去にしてきた研究は色々論文になっておりまして、熟成によってクラスター分子が増大していることが指摘されています。これによって「口当たりがまろやかになる」と言われているということですね。

以下、リンク先のPDFに色々と載っています。

http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/10725/1/13R2124.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/26/4/26_4_260/_pdf

http://www.kitasangyo.com/pdf/e-academy/tips-for-bfd/BFD_31.pdf

さて、これに関しては調査もあまりしていないのでわからないのですが、水-エタノール間でのクラスターの形成によって、今回の論文で出ているような不揮発成分の分布が変わるのではないか?というのが自分の仮説です。今回の実験では、水やエタノールの不均一性が一番上の図であった時の結果ですから、クラスター化されればまた話は変わってくるんじゃないかと思うわけです。この辺りは誰か調べて下さい、シミュレーションしてくださいとしか言いようがないですが…。

 

3.樽内~ボトリングまでの変化

これもよく言われているのですが、サンプルとボトリングでは香味が違うという話です。これも上のモデルで考えれば、樽から出してきたサンプルは上記の通り樽内で不均一になったところのどこかから引っ張ってきているため、撹拌されてボトリングした香味とは味わいは違うのでしょうね。このあたりは合点がいきます。

 

以上たらたらと、興味のない人にとっては意味不明な話が続きましたが、元々このブログを読んで下さっている人は少なからずウイスキーには興味がある方々だとは思いますし、上記の科学的知見は結構面白いんじゃないかなあと思います。引用の論文も面白そうなものが多そうなので、時間があるときにゆっくりと見てみたいですね。