ウイスキーラヴァーの日常

シングルモルト、ウイスキー好きのサラリーマンが、ウイスキーを通じて感じたこと、思ったこと、考えたことなどを綴るブログです。

秩父蒸留所を見学してきました。見学記②

前回の続きです。

 

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2.糖化

粉砕したグリストに含まれるデンプンを、発酵に使えるような糖類に変えていく工程を糖化と言います。一般論として、モルトウイスキーにおける糖化は、グリスト中に含まれる糖化酵素により行われますが、これを行う容器をマッシュタンと言います。マッシュタンにグリストと仕込み水を入れ、中に熊手状の撹拌翼*1があり、ゆっくりと撹拌することで酵素が反応し糖化が起こることで麦汁を得ることができます。

グリストが貯められたタンク(グリストビン)からお湯を混ぜて粥状になったもの(マッシュ)を、糖化層(マッシュタン)に張り込んでいきます。

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ゆっくりと撹拌することでマッシュタン内は2層に分かれ、ハスクが濾過槽を形成します。糖化自体は20分ほどで終わるのですが、ここからマッシュタンの底部へ麦汁(ワート)を濾過・抽出し、冷却の上、発酵槽に送り出します。ハスクによる濾過槽のおかげで、麦汁は濾過され、きれいなものが出来上がります。その後またお湯をスプレー状に流し込み、麦汁を抽出・濾過します。1回目の麦汁を一番麦汁、2回目の麦汁をニ番麦汁…というように名付けられ、秩父蒸留所では一番麦汁は64℃、二番麦汁は70℃台で抽出しているようです。二番麦汁は一番麦汁と対流がおこらないよう、二番麦汁より高い温度で抽出します*2が、70℃台後半になるとタンニンなどの成分も抽出され、また酵素が失活してしまうおそれがあるため、オフフレーバーの出ないような麦汁になるように温度を調節しているようです。

一番・二番麦汁を合わせて出来た麦汁は2000Lほどで、糖度14度程と熟した果実程度の甘さとなっているようです*3

二番麦汁までで98~99%の糖分は抽出されているのですが、更に糖を抽出するために、もう一度熱湯を入れ、三番麦汁を抽出します。それでも1-2%程度の糖度があるとのことで、廃棄する量を徹底的に少なくします。三番麦汁は96℃で抽出するなどし、翌日の一番麦汁の仕込みに使っているそうです。搾りかす(ドラフ)は家畜の餌にするなどし、なるべく無駄の起こらない生産に努めているとのことでした。

 見学時は2番麦汁を抽出していました。

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抽出した麦汁は、熱交換器(ヒートエクスチェンジャー)で20度程度に冷やされ、ウォッシュバックにパイプで運ばれます。写真では30度と指している用に見えますが、これは麦汁の温度なのか水の温度なのかは分かりません。聞いておけばよかったですね。恐らくラジエーター形式の交換機だと思われます。

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3.発酵 

次は発酵です。マッシュタンで抽出・濾過された麦汁がこの発酵槽に入れられ、酵母や乳酸菌により発酵していく過程ですが、ここが一番秩父らしいと言っても過言ではないのような気がします。ウォッシュバックはミズナラ製。アデルフィのアードナムルッカン蒸留所が最近ブナ科のウォッシュバックで発酵しているようですが、基本的にはステンレス・鉄はもちろん、木製であっても針葉樹ダグラスファーが一般的です。ウォッシュバックにオーク材、ミズナラを使い始めたのはここが世界でも初めてとのことです。

ミズナラの発酵槽にしても、この層に原酒がいれられるのは数日なので、実際にミズナラの香味がつくわけではありません。ミズナラの発酵槽にすることによる特徴は、発酵槽に住み着く乳酸菌の種類が異なることのようです。秩父の発酵槽は200~300種類ほどの乳酸菌が住み着いており、この乳酸菌の種類により、オレゴンパインやダグラスファーなどの針葉樹とはまた異なるフルーティーな香味が出来、それが秩父らしさに繋がるんじゃないかと期待しているとのことでした。勿論メンテナンスは大変で、何せどれだけの耐久性があるかはわからないとのお話もありましたが、それ以上に魅力的なものですよね。また木製だとある程度洗浄しても木の中に菌叢があるので、そう簡単に菌が落ちることがないといった利点もあるようです(洗いすぎは駄目かもしれませんが…)。

発酵槽(ウォッシュバック)には、マッシュタンでマッシングされた麦汁2000Lが入れられます。実際のウォッシュバックは3000L以上入りますので、上部には隙間があるようです。発酵の際にブクブクと泡がでるので、スイッチャー(泡きり)などを用いて溢れない量として2000Lとしているようです。今回あまりいい写真が撮れていなかったので、前回の写真で振り返ります。ウォッシュバックは全部で8基あります。

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 ウォッシュバックには麦汁と共に10kgの酵母を入れ、70-90時間発酵させます。一般論として発酵時間が短いとボディの強い原酒、長いとフルーティーな原酒になりやすく、最近は発酵時間を長めにしているとのことでした。一般的な発酵時間は48~70時間とも聞きますので、その点でも秩父の発酵時間の長さがわかるかと思います*4酵母スコットランドから取り寄せた、単一のディスティラリー酵母を日本で培養しているとのこと(確認していませんが恐らくケリー社だと思います)で、品種によって酵母を変えないのが秩父のやり方のようです。様々なことに挑戦するに辺り、今現在は酵母まで変えてしまうと、原酒の良し悪しに対するフィードバックが出来ないから、という理由のようです*5。長期的な展望を見据えての判断だと思いますし、なるほどと納得してしまいます。

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ウォッシュバックの作成会社は老舗の日本木槽木管株式會社さん。どれだけの耐久性があるのかもわからないとのことで、今後が非常に気になります。

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ウォッシュバックの中を見せていただきました。これは発酵27時間程度のもののようです。泡きりのスイッチャーは撮れていませんが、多分回っていると思います。CO2が溜まっているので大きく吸いすぎないように、という注意がありました。27時間だと結構CO2が出てきていると思われますし、酵母の増殖が終わり、嫌気呼吸を盛んにやっている時期でしょうか。香りは非常にフルーティーで、ベルジャンホワイトのようなトロピカル感があります。実際飲むとホップのないビールのような感じらしいです(酒税の関係で安々と飲めないでしょうが…)。

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ウオッシュバックも、蒸留器の手前側にあるものは途中増設されたものでした。

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 出来たもろみは7-9%程度のアルコール分を有し、これを蒸留にかけます。

 

長くなりましたので、次回に続きます。

次回以降は、前回訪問時の写真との比較も交えていきたいと思います。

 

*1:レイキと言います。

*2:温かいお湯は上に留まりやすいため、一番麦汁と混ざりにくく、フタをするような形になるようです。対流を起こしてしまうとグリストの層が壊れてしまいます。

*3:基本的には糖度が高いほどアルコール度数の収率に関わってきますので、この辺りは生成アルコールには非常に関係の強い部分だと思います。一方で透過されなかった多糖類やタンパク質なども、香味の形成には十分に作用していますので、どうすれば美味しいウイスキーになるのかは興味の湧くところです。

*4:基本的に酵母の増殖は長くても48時間ほどで止まると言われますし、ミズナラに生息している乳酸菌の発酵時間を意図的に増やしているのだろうと推察します。先日行ってきたウルフバーンのセミナーでは、ステンレス製のウォッシュバックで72時間発酵しているが、ステンレス製ウォッシュバックでは72時間以上の発酵時間は菌が殆ど死滅しておりあまり意味がない、といった話も聞きました。72時間Overの発酵が出来るのは木製ウォッシュバックならではなのでしょう。

*5:一般論として、ビール酵母やエール酵母などの多様な酵母を用いて熟成したほうが、フルーティーさの強い原酒になるという話はあるようですし、60-70年代のウイスキーと最近のウイスキーの違いはこの点にあるのではないかと考えている人とお会いしたこともあります。もともと南信州ビールの開発にも携わっていた、マルスの竹平所長のところでは、その経験を活かし駒ケ岳蒸留所で多用な酵母を使っているという話を聞いたことがあります。一方でスコットランドの蒸留所では単一のディスティラリー酵母を使うことも多く、酵母の影響はあるとは思いますが、これは大麦の品種の話と同じなのでしょう。大麦の品種は関係はあるが、それ以上にモルティングの工程の方が影響力として強いという話がありますが、酵母もそのような色合いが強いように思います。この辺りは他の蒸留所でも是非考えを聞いてみたいところです。